illsuigun aka 村上水軍 live映像、日本〜NY〜日本 超dopeなroad movie解禁

”HIPHOP巡礼”
『TOWER.JP』『HMV』『Amazon』

大阪〜瀬戸内海〜BRONX
illsuigun aka 村上水軍 jet movie 『HIPHOP巡礼 osaka〜bronx』
ON STREET
mixtape"good night&good vibe

ラフィンノーズ
こんな東京の朝のFMでラフィンノーズが聴けるとは!!

OI!!!OI!!!OI!!!

リベラル・リベラリズムFMですね。

いや、インターFMやったかな?

HPから参照↓

1981年12月、大阪で結成。日本に確たるハードコアパンクシーンが

形成される以前から、その中心的バンドとして活動していた。

バンド名の名付け親は初代ギタリストのアカベー。

当初のカナ表記は「ラフィー・ノーズ」であった。

轟音、粗暴、ノイジーなハードコアパンク界にあって、

いち早くポップセンスを取り込み、その単純明快な楽曲は

全国の少年少女の絶大な支持を得た。

メジャーデビュー前である80年代前半から、THE WILLARD、

有頂天と並び、『インディーズ御三家』といわれる程の人気を博した。

この『インディーズ御三家』という名称こそが、

現在日本語として『インディーズ』という単語が浸透する

きっかけとなっている。

また自分達でレーベル(レコード会社)『AAレコード』を設立し、

そこから音源を発売していた。海外のパンクバンドでは

定石となっていた手法ではあるが、当時の日本では珍しいものであった。

1985年4月28日、新宿スタジオアルタ前にて

自分たちの作品が収められたソノシート(聖者が街にやってくる)を

事前に無料配布告知したところファンおよそ1300人が集まり、

全国ニュースでも取り上げられ話題となる。

また、メジャーデビュー1か月前の10月26日、日比谷野外音楽堂での

ライブで4000人を超えるファンを動員した。同年11月21日、VAPよりメジャーデビュー。

だが、順調な活動を続けていたさなかの1987年4月19日

日比谷野外音楽堂でのライブ中、ステージに詰め掛けたファンが

将棋倒しになる事故が発生(死亡1人、負傷多数)。

バンドは責任を取る形で一切の活動を停止する

(当時アール・エフ・ラジオ日本で担当していた番組も降板し打ち切った)が、

ファンの後押しにより活動を再開する。

またこの時期に「VAP」から「東芝EMI」にレコード会社移籍。

しかしその後も、事故が原因で各地の会場から締め出しを食らったり、

幾度かのメンバー脱退(PONとNAOKIはCOBRAに参加)、

チャーミーのステージ上での怪我、

新メンバーが不祥事を起こすなどの度重なるトラブルに見舞われ、

1991年、アルバム発売後の全国ツアーを経て各地のイベント出演後にバンドは一旦解散。

そして…

ってな感じです。

かなり聴いてました。
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by murakamisuigun | 2009-06-19 09:18 | サイケデリック
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